村上龍 『だまされないために、わたしは経済を学んだ』

  • 「豊かさとは何か、高度成長以降何度となく問われてきました。たぶんその解答をわたしたちは未だつかんでいませんが、貧しさから脱却したあとはその答えは一つでなくてもいいし、あるいはその問いそのものも必要ないのかも知れません。
     自立を促すものは、希望と欲望ではないかと思います。希望は、今よりも将来のほうが「充実した生き方」ができる、という期待と確信で、欲望はその期待と確信を現実のものにしていこうという意志をドライブしていくものです。
     そして「充実した生き方」というのは社会的に決定されたモデルがあるわけではなく、他者や社会との関係の中から、自分の想像力でイメージするものだと思います。」(P165)
  • 「昔の映像を見ると、日本人は欲望を持った目をしています。パラサイト・シングルの増加は、確かに人口比で団塊世代ジュニアが増えているだけだという見方もできますが、いろいろな意味での動物的な欲望・エロス的な欲動が低下しているという捉え方も可能ではないかと思います。親との同居生活ではセックスの可能性が限られるからです。引きこもりの増加は、若年層の欲動が低下しているからだという心理学者の指摘もあります。本来自然界において、若い牡は牝の匂いを求めて巣立っていくものです。
     たとえば、高度成長以前より日本人の欲望が総体的に低下しているのではないかという疑問を持っているのですが、果たしてそういった経済的兆候、あるいは指標は存在するのでしょうか。」(P170)