男と子供の物語

流星?THE KID? [DVD]
 テレビで香港映画『流星』を観る。眠れずに深夜のテレビをつけたらテレ東でやっていた。
 株価の大暴落で失脚し恋人にも捨てられたエリートビジネスマンが失意の底で家に帰ると、「お金持ちの人に育ててもらってください」という手紙と一緒に赤ん坊が捨てられていて、一度は他所の家の前に置いてくるものの降りだした雨に濡れる子供を見捨てることができず男は赤ん坊を引き取るが、4年後、貧しくも街の人々に囲まれて明るく暮らしているふたりのもとに、裕福になった実の母が現れるという香港映画。
 この映画、ところどころでプロットは飛躍するし、頻繁に使用されるオーバーラップにはうんざりするし、映画的カタルシスは有効に演出されていない。描きたいことをたくさん詰め込みすぎて中心になる部分が散漫になっている感じ。だが、それにも関わらず、不思議と印象に残る映画だった。体で支持してしまう。
 まあ子供ネタに弱いことは自分でも自覚している。と言ってもクレイマークレイマーやニューシネマ・パラダイス、AIみたいなのはどうってことない。自分の場合、世間からカミングアウトした男と幼児のふたりが徐々に心を開いていく物語に先天的に弱いのだ。
 男は労働者だったり脱獄者だったり、リストラされた無職の人間だったりして、もう人生はどん底、うるせーおれに構うんじゃねーよ痛い目みさせるぞな男だったりするのだが、なぜかその子供に対しては他人にみせない情を示す。子供を捨てておけないし、殺せない。子供も子供で、本当はおじさんが優しい人だってことわかってるんだからね大人のみんなが認めなくても僕にはおじさんの優しさがわかるんだからねというメッセージを天使のような微笑で、あるいは胸が締め付けられるような涙で男に伝える。子供のみせる親しみが男の荒んだ心を少しずつ懐柔させる。やがて、大人の世界で評価されていない男は、世界のみんなが忘れてしまったとても大切なことをそっと子供に教える。そしてふたりに絆が芽生えたところで・・・みたいな。なんだこれ? 類型的物語としての「男と子供の物語」の説明である。
 この典型は『パーフェクト・ワールド』だ。映画の良し悪しは別にして、これはすごかった。後にも先にもこの映画ほど泣いたことないという意味で。早まった警官に射殺されたブッチを、幼いフィリップが「ブッチ、ねぇブッチったら、起きてよ」と揺さぶり続けるのを観た瞬間に涙があふれてきて嗚咽が止まらなくなってしまった。顔から出るものが全部出るぐらいに泣いた。上空を旋回する警察のヘリコプターが映し出されローターの回転音が響きエンディングロールが流れると、悲しみがぶり返してまた涙が溢れ出す。「泣ける映画」なんていう爽やかなものではなく、文字通り号泣。繰り返されたテーマであっても、演出ひとつで絶大な効果を挙げることができるいい例だ。
『流星』もこのバリエーションのひとつだ。レスリー・チャンが演じるウェイは貧しいながらも近所の人々と打ち解け、頼りにもされている元ビジネスマンのインテリという設定ではあるが、転がり落ちた人生の先でひとりの子供と触れあう男という意味で、「男と子供の物語」のりっぱな「男」役である。この点でレスリー・チャンの演技は観るものの胸を打つものがあった。
 ところがこの映画が男と子供の物語として不完全なのは、幼児役のミンにあまり主体性を持たせなかったことだ。それがもとからの設定なのか演出のまずさなのかは分からないが、男と子供の物語で重要な、子供側からの働きかけが抜けてしまっている。ミンはすごく愛らしい素振りと笑顔を見せるのだが、いつも神出鬼没に画面に現れるだけで、ミンを規定するのはいつもその周りにいる大人たちだった。主体的な働きかけというものがない。そのために観客がミンの心境に入り込むことができず、最後のカタルシスが半減してしまうのだ。
 なぜランさんが死ななければいけない? ランさんを殺す必然性はまったくなかった。なんとなく貧民街で錯綜するいくつかの人生を描きたかったというところだろうか。それならば、もっと主題の男と子供の物語に時間を割いて丁寧に演出していれば、『パーフェクト・ワールド』のようにインパクトのある映画になったかもしれないなと思う。それが惜しかった。
 とここまで考えて、やはりレスリー・チェンの存在感というか軽妙な役柄がこの映画をもたせていたのだなと気がつく。レスリー・チャンはノーギャラで、製作総指揮までこなしている。ああなるほど、だから演出が中途半端なのか。素晴らしい役者が決して素晴らしい作家ではない、ということなのかもしれない。

 子供が実の母のもとに行く日の最後の昼食。バルコニーでテーブルを挟んで向き合うふたり。
 「たまごもあるぞ。喰うか?」
 「・・・・・うん」
(ウェイは玉子をとるとフーフーと冷ましてからミンの皿に入れる)
 「・・・・・これあったかくないよ」
 「・・・・・やけどするといけないからな」

この間のとりかたはチャンもミンもほんと素晴らしかったよ!


2004/12/17追記
この映画のなかに出てくる警察官のおじさん、ずっと日本の中年俳優の誰かに似ていると思って映画を見終わってからずっとネットで探していたんだけど、顔は出てくるけど名前がまったくわからない。手がかりひとつなくずっーといやな思いをしていたら、今日テレビに出ているのを観て番組表で調べてようやく思い出した。田山涼成
ほんとそっくりなんですよ。あースッキリした


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強盗「ごめんね。痛くない?」 女性刺され重傷 警視庁、男を逮捕

調べでは、青山容疑者は10月12日午後10時35分ごろ、上連雀の路上で帰宅途中の女性の背後に近づき、背中や腹などを果物ナイフのようなもので「ごめんね。痛くない?」などと言いながら刺して6カ月の重傷を負わせ、現金300円やキャッシュカードが入った手提げバッグを奪った疑い。


こういう無表情な言葉が発せられる状況が怖い。